時宗をもっと知る
時衆・時宗に関する典籍をご紹介します。
「一遍上人絵伝」(『一遍聖絵』) ― 国宝・清浄光寺(遊行寺)蔵
一遍上人の生涯を描いた絵巻物で、絹本着色絵巻物として日本最古です。
全12巻あり、各巻は縦約38センチメートル、長さ約9~11メートルで、全長は約130メートルあります。一遍上人入滅の10年後に聖戒が詞書を編述起草し、法眼円伊が絵を描きました。
美術品としても、史料としても、その価値は非常に高く評価されます。
12巻48段という構成は、それぞれ十二光仏(阿弥陀如来の12の別名)、法蔵菩薩(阿弥陀如来)の四十八の誓願に由来しています。
「一遍上人縁起絵」(『遊行上人縁起絵』)
全10巻のうち、前半の4巻に宗祖一遍上人の伝記、後半6巻に二祖真教上人の伝記が描かれた絵巻物です。編者は宗俊と伝わります。詞書や絵については上記「一遍聖絵」と類似する部分も多く、本絵巻を制作するにあたり、「一遍聖絵」を参照したと類推されます。
後半の真教上人伝では、一遍上人の臨終の後、真教上人が遊行を継承し、特に北陸、中部、関東地方を遊行して時衆教団の基礎をかため、次第にその拡大を図り、相模国(神奈川県)当麻無量光寺で歳末別時念仏会を修するまでを描いています。
原本は伝わっていませんが、制作年代は嘉元元年(1303)から徳治2年と考えられます。また、模本は清浄光寺(遊行寺本)、長野県金台寺本、神戸真光寺本など約20本あり、その系統は絵によって三系統に分類されます。
「一遍上人語録」上・下
一遍上人は臨終に先立ち、所持していた書籍などを阿弥陀経を読みながら自ら焼却されました。そのため、著書等は残っておらず、この「一遍上人語録」も後世になって撰述されたものです。
「一遍上人語録」は、文化八年版(1811)の記述により、円意居士の発願で作成されたものと判断できます。出版は宝暦13年(1763)、明和7年(1771)、文化8年の3回行われました。宝暦版は遊行51代一海上人の編纂、明和版は俊鳳(浄土宗西山派の僧)の改訂です。
◆「一遍上人語録」の内容
【上巻】 | 「別願和讃」、「百利口語」、「誓願偈文」、「時衆制誡」 「道具秘釈」、「消息法語」、「偈頌和歌」 |
【下巻】 | 「門人伝説」、附録 和歌四首 |
「他阿上人法語」
本書は、遊行二祖他阿真教上人の消息法語・和歌などを集録したものです。成立年代は不明で、「定本時宗宗典」上に所収されています。「他阿上人法語」はもと「大鏡集」といわれ、その写本が数篇にわたっていたと考えられています。
遊行53代尊如上人は、安永4年(1775)に敦賀西方寺の長順に命じて諸本を校訂させ、同7年1月、「成願寺蔵版」として「他阿上人法語」8巻を刊行しました。
この刊本には「道場誓文」(時衆教団の愛執を教誡し、称名の要を説く)・「他阿弥陀仏同行用心大綱」(時衆僧尼に常の用心、覚悟を示す)・「往生浄土和讃」(平易な和讃で浄土思想・信仰を表す)・「消息法語」(在家信者からの質問に答える形で、僧尼・在家信者への教えを示す)・「安食問答」・「和歌」が収められています。
題名にもある「他阿(他阿弥陀仏の略)」とは真教上人から始まる遊行上人の代々の法号です。一遍上人が真教上人に与えられたのが最初で、真教上人の意向により、代々の遊行上人が受け継ぐべきものとなりました。
「器朴論」
上中下3巻で構成される遊行7代託何上人の著書です。成立は文和元年(1352)~文和三年(1354)。
「器朴」の「器」とは、諸仏国土を含蔵する器、つまり極楽浄土を意味し、「朴」は「未熟なもの」から衆生を意味します。ゆえに「器朴」とは極楽浄土と衆生が一体であること表した言葉です。
託何上人は本書で一遍教学の根本を論理的に位置づけして、時宗教学の基礎を確立されました。時宗教学は一遍上人、真教上人、託何上人で成り立っていると言われる由縁がここにあります。
なお、「器朴論」の注釈書に「器朴論考録」(遊行45代尊遵上人著)、「器朴論要解」(遊行49代一法上人著)があります。